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今できるささやかな「地域支援」

パソナの淡路島移転は『首都圏一極集中』解消の第一歩となるか?

 人材紹介大手のパソナが、本社機能を淡路島に移転すると発表したことが、話題を集めています。

『首都圏一極集中の解消なしに、日本経済の復活はない!』で記したとおり、首都圏への極端なヒト、モノ、カネの集中が日本経済に閉塞感を生んでいることを思えば、パソナのような大企業が東京を離れることは歓迎すべきことです。

報道によれば、移住対象になる従業員は1,200人とのことなので、家族も含めた人口移動は4千人規模が見込まれます。

これだけの人が動けば、彼らの生活を支えるため、あるいは彼らを対象とするビジネスのために淡路島に移住する人も出てくることでしょう。例えば、子供たちが通う学校の教員も増員が必要でしょうし、生活必需品を販売する商店や飲食店なども増えるなど、“人が人を呼ぶ”効果への期待が膨らむわけです。

ただ、これがモデルケースになるか否かは、正直、微妙です。


かつて『首都移転』の際に、「那須だ、東濃だ、鈴鹿だ」といった地域が話題となったのと同様、選択が極端すぎて、現実味や再現性が期待できないことがその理由です。

パソナの場合、すでに10年来の地縁を有していたことが淡路島を選択した理由であり、突拍子もない空論をぶち上げた『首都移転案』と同列に語ることはできませんが、それでも「よりによってなぜ淡路島なの?」と思われた方も多いことでしょう。

京阪神在住者からも「淡路(大阪市内、新大阪駅の東方)やろ?え!淡路“島”?何で?」といった反応が見られます。

 

従業員の生活上の利便性には不安も…

現在の事業所が手狭になった、市街化が進み近隣の環境が変わったなど、社屋や工場の“移転話”自体は、常に存在する話ですが、こうした事案で候補地を検討する際の最重要ポイントは、社員がついてきてくれる住みやすい町であるかという点です。





もちろん、淡路島は、神戸まで車で1時間ほどの距離であるにもかかわらず、都会の喧騒とは無縁で、気候的にも穏やかな自然豊かな土地です。ただ、現在のところ阪神地区への移動は車、または高速バスで明石海峡大橋(高速道路)を経由するほかなく、遠くはありませんが、生活圏ではありません。

仮に目論見どおりの移住が実現しても、その数が数千名程度にとどまっている限り、鉄道の整備にまで話が及ぶことはないでしょう。

誤解のないように願いますが、淡路島の善し悪しを語っているのではなく、大都会から田舎町へという極端な選択に、従業員は本当についてこられるのかを心配しているのです。同じ関西圏でも、京阪神地域(通勤圏)内であれば、同じ日本の大都市圏ですから、日常生活面でのギャップはそれほど大きくはないはずです。

もちろん、人にはそれぞれの想いがあり、各家庭には個別の事情があります。

「関東が地元であり、ここを離れるのは嫌だ」という人もいるでしょうし、「共働きで、一方の都合で急に引っ越すことはできない」という家庭もあるでしょう。あるいは転居は構わないが「中学・高校生の子供がおり、この時期の転校は無理(避けたい)」など、機が熟すまでの時間が必要な場合もあります。

 

「いきなり過疎地」は、企業の負担も大きい

企業としても、すでに拠点を構えている場合はともかく、都市圏以外への移転となると、インフラを一から構築する必要がありますし、地域に多くの人を受け入れるだけの生活インフラが備わっていないことも考えられます。



今回のパソナも、既存施設だけでは間に合わず、社屋の新設が必要になるそうですし、千世帯を超える住居の手当ても難航が予想されます。…そもそもありませんので、新たに作るしかありませんが、パソナ社員以外にパイがない中、「向こう30年、借り続けてもらえる保証がなければ作れない」のが現実でしょう。

このように考えると、一般的には、テナントとして借りることができる“箱”が既にあり、従業員の住居や通勤にも心配の要らない都市圏への移転のほうが現実的です。

企業によっては、大阪、名古屋、福岡クラスの都市に大型の拠点を構えているところもあるでしょう。こうした企業なら、東京との機能バランスの変更など、ある程度の時間軸を持って進めていくことも可能です。

地域にとっても、ステップを踏みながら徐々に分散を進めてもらえるほうが、安心して開発に取り組むことができるのです。

この意味で、今回のパソナのアプローチは、他社が真似のできるアプローチとは言えません。

 

今般の移転発表は、「リモートワーク」を前面に押した、事案の大きさに比べると薄っぺらな理由付けしかなく、その背景や今後の社内体制、運用などの情報が不十分であり、企業広報的には、必ずしも適切だったとは言えない面があります。

これが、ネット民から“新手のリストラ”呼ばわりされる原因であり、現実につまずきが起きれば、企業価値を損なうことにもなりかねません。

そもそも今般の決定は、コロナの影響が大きく、南部社長談によれば「5月に検討を始めて8月に決めた」そうです。従業員の生活を左右する重大事(=「ダメならやめればいい」で済む事案ではない)の割には検討時間が短く、十分なフィージビリティ・スタディが為されたのかについては一抹の不安が残ります。

 

分散型の社会を推奨する筆者としては、今回の本社機能移転案には拍手を送りたい。

それだけに、これが失敗に終わり、「やはり地方移転はすべきではない」という風潮が広がることだけは絶対に避けてほしい。

子育て世代を中心に社内では移転を歓迎する声が多い(社長談)とのことなので、素直にこれを信じ、将来、この一件が、首都圏一極集中の解消につながる第一歩であったと言えることを期待したいですね。

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