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今できるささやかな「地域支援」

キャッシュレス化が一極集中と富の集中を加速する!?

キャッシュレス化の話題が続いたついでに、経営・地域コンサルタントの立場から、現在のキャッシュレス化に向けた動きが、中小零細企業や地域経済に大きな打撃を与えかねない点について触れておきたい。

 

まだ「コスパ」が認められる状況ではない

『キャッシュレス決済の「影」』でキャッシュレス化によって販売者の負担が増加する点にも触れたが、一方で、キャッシュレス化が「販売店の売上アップにも結び付く」という意見もある。

機会損失の回避(お客の手持ちの現金が不足していてもキャッシュレス決済での販売が可能)に加え、決済事業者と連携したプロモーション活動による販売促進も可能であることがその大きな理由だ。

ただ、ここに目新しさはない。

この手の話は、クレジット会社による加盟店勧誘などの場面で何度も聞かされた話であり、中には具体的なシミュレーションを行ったことのある店などもあるだろう。こうした検討の結果、導入メリットがないと判断した事業者が、今、キャッシュレス決済を導入していない事業者なのだ。

この点、キャッシュレス信奉者の主張が正しければ、非導入事業者は淘汰されているはずだが、実際には、総体的に見てもキャッシュレス決済未導入事業者が不振ということはない。逆に、導入事業者の中には、その取扱量が極めて少額(「月間1~2万円」などということもザラ)で、導入費用の回収さえできそうもない、あるいは従来からの現金顧客がキャッシュレス決済を利用するようになり手取り(利益)が目減りしたことを嘆く事業者もいる。

もちろん成功事例もあるが、中小零細企業においては、こうした事実上の失敗例も多く、特に地方都市ではこちらが多数派なのだが、このことはほとんど語られない。

 

要するに、事業者目線でのキャッシュレス化の是非は、その導入によって低下する利益率(決済手数料のために経費が増え、利益率は低下する)をカバーして余りある売上げの増加、あるいはコストの削減によって、利益額を増やせるか否かにかかっている。

これを踏まえて、未導入事業者を簡単に類型化してみよう。

 

キャッシュレス未導入事業者の類型

まず、業界全体としてキャッシュレス化が進んでいないのは、役所学校等医療・福祉機関(病院や福祉施設など)などだ。

   役所では、『ペイジー』を利用した支払い手続きは普及しているが、キャッシュレス化についてはほとんど対応がない。

ここでキャッシュレス化が進まないのは、その利用に関して選択の余地がない、あるいは決済手段(時にはお金そのものさえも)が、その選択に与える影響が極めて小さいためだ。

例えば、役所の場合、住民票や戸籍を取るのに役所以外の選択肢はないし、キャッシュレス決済ができるからといって印鑑証明を“ついで買い”する人もいない。決済手段の多様化によって利用者が増える可能性はないのだ(増やしたいという意向もない)。また、代行決済手数料とは比較にならないほど高い決済手数料によって“血税”等を目減りさせるわけにはいかないという考え方があるのかもしれない。

当然の思考とも言えるが、そうだとすれば、「“損”だとわかっていながら民間には薦めるのか」とも思う。

 

学校等については、志望校の決定に、キャッシュレス決済の可否が影響しないことは言うまでもない。

検定料、入学金、授業料等と、お金の授受機会が限定されていることに加え、学校と在学生・受験生という身内ともいえる密接な関係から「依頼人名に学籍番号を追記の上指定口座に振込み」といった事細かな指示も可能で、かつその協力も得られるのが普通だ。キャッシュレス決済を導入するまでもなく、ノーコストで「現金授受機会」自体を回避することが可能なのだ。実務的にも、多様な手段で支払われるよりも、指定の方法でなされている方が入金確認等の事務負担も軽減される。

学内の売店や食堂はともかく、本体事業での導入メリットは、今のところ見当たらない。

 

医療関連機関については、総合病院を中心にクレジット決済が可能なところも増えてはいるが、“町医者”にまで浸透しているとは言い難く、小売業者に比べればその普及率は微々たるものだ。

ここでも、病院を選ぶ基準は、診察の質が第一で、立地や待ち時間が考慮されることはあってもキャッシュレス決済ができるか否かを気にする人はほとんどいない。その導入で患者が増える見込みは薄い。

病院側の事情を見ても、一般に、病院の収入の過半は健保・国保の給付金であり、日々、何百人という患者が訪れる大病院はともかく、“町医者”では会計専任スタッフを置くほどの事務も、日銭も発生していないため、キャッシュレス化による合理化効果も見込めない。

また福祉系施設でも、設備やスタッフの質、およびどこまで面倒を見てもらえるのかが基本的な選択基準であり、やはり決済手段を気にする人はいない。お金が動くのも入所時の一時金等と月額利用料が主で、日常的なお金のやり取りはないといってよく、キャッシュレス化ニーズは見出せない。

 

以上のとおり、こうした業種では、決済手段の多様化が利用者増、売上増につながる可能性はないに等しく、現金事務合理化効果も望めないどころか、決済手段の多様化によって会計事務は煩雑化することになろう。

 

次に、物販、飲食などの小売業者についてみてみると、キャッシュレス化されていない店は、大きく3つのタイプに分類できる。

ひとつは、「1年先まで予約が埋まっている」ような超有名店や「値札のない寿司屋」などに代表される超高級店など、現金のみを声高に宣言できるような“唯一無二の店”だ。

これらの店は、自らに強力なブランド力があり、安定顧客も有しているため、決済事業者による会員向けのマーケティングなどへの期待がないことが多い。また、こうした店は、通常、不特定多数の顧客を対象にした回転の速いビジネスを想定していないことから現金事務の手間も小さく、その合理化ニーズもない。さらに、“現金のみ”が、大衆化されていないことの証として、より一層、店のブランド力を高める効果を持つことも考えられる。したがって、決済事業者に手数料を支払ってまでアライアンスを組む意味もなければ、決済手段を多様化することによるメリットも見当たらないのだ。

ふたつめは、都市郊外や地方都市に多く存在する、主に周辺住民を対象に生活必需品や生活関連サービスを提供する事業者だ。

こうした事業者は、もとより対象顧客が限定的であり、キャッシュレス決済等を導入したからと言って遠方からの来客が見込めるわけもなく、客数増は見込み難い。また、事業特性上“衝動買い”や“ついで買い”も、手持ち現金で支払えないほどの大きな買い物は期待できない。例えばレジ横の“ついで買い”商品は500円以下が効果的と言われており、そこに10万円の高級バックを置いても絶対に売れないだろう。

こうした店では、とにかく数多く来店してもらい、来店時のプラス1点に力を注ぐことが基本だ。したがって、キャッシュレス化にかける費用があるのなら、それで赤札商品(赤字覚悟の客寄せ商品)を作るなどして、対象顧客の来店機会を増やす工夫をするほうが、売上げアップには効果的だ。

ただし、国や決済事業者による“還元キャンペーン”などに消費者の関心が集まっている現在、キャッシュレス決済の未導入が、肝心の「客足」を遠のかせてしまう懸念もある。ライバル店の動向次第では、導入を検討せざるを得ないこともあるだろう。

そして最後が、すでに経営はぎりぎりで「このうえ決済手数料など獲られたらやっていけない」という事業者だ。

ここは、積極的に非導入を選択している先の2タイプとは事情が異なる。具体的な数字は個社の実情によるが、導入後、手数料の支払いによる減益をカバーし得る増収を達成することができなければ、経営が立ち行かなくなる可能性が高い。立地や取扱商品によりキャッシュレス化が“吉”となる(客数、売上げが増加する)こともありうるが、廃業も覚悟の決断には相当の勇気が必要だ。

 

以上のように、キャッシュレス決済の未導入事業者には、導入しない(できない)理由があるのだ。各社が、自社の存続・発展に向けどちらが有益であるのかを検討した結果が、今なのだ。


 

キャッシュレス化は誰のため?

手軽に支払いができることを評価する利用者を中心に、キャッシュレス化の拡大を歓迎する人も少なくないと思う。ただ、今現在でも、キャッシュレス派が不便を感じることのない多様な決済手段は、多くの場で用意されており、困っているわけではない。より広がれば「いいんじゃないの」という軽いノリだ。

 

早く利益体質を作りたい決済事業者と、キャッシュレス特需の恩恵を受けたいインフラ事業者はともかく、現状に不便を感じている人など見当たらない中で、本来、決済事業者自身が負担すべきマーケティングコストを国が肩代わりしてまでキャッシュレス化を急ぐ必要があるのだろうか。

自然体で対峙しても、いずれ、導入に踏み切らざるを得ない時は来るだろうから、その流れに任せるという選択はできないのだろうか。

 

日本で現金決済が根強いのは、各事業者が、消費者の選択を十分に考慮したうえで、経済合理性に基づいて判断した結果なのだ。事業者に合理的判断と異なること、つまり非合理なことを強いれば、業績の悪化を招く可能性は高まる。

何の工夫もないキャッシュレス化の「無理強い」は、まさにこれをなぞる動きだろう。

 

これに加えて、茲許のキャッシュレス化は、首都圏の大資本(または大資本傘下の事業者)主導によるもので、地域発の、例えば地域通貨としての電子マネー活用例は少ない。

どうせ支援するなら、国は、地域創生につながる可能性のあるこうした事業に限定して支援するべきではないだろうか。

今の延長線上に待ち受けているのは、地方のお金が東京の大企業に吸い上げられる、毎度おなじみの光景だ。そしてこの結果、首都圏一極集中と大企業への富の集中が加速する。

地域格差と所得格差の拡大だ。

割を食らうのは地域経済と中小零細企業…、国民の大多数が属するセグメントを痛めつけておいて、デフレ脱却も、日本経済の再生も、成るはずがない。

 

キャッシュレス化の流れが世界的な潮流であることはわかるが、キャッシュレス社会は、小売業者に経済的な負担を強いる、ITリテラシーの高低による損得が発生するなど、すべての人にとって無条件に望ましい社会とは言い切れないのも事実だ。

 

『脱現金』という大きなパラダイムシフトを、首都圏一極集中、大企業主導型経済からの転換に結びつけていくという発想を持てないものだろうか。

 

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