スキップしてメイン コンテンツに移動

今できるささやかな「地域支援」

首都圏一極集中の解消なしに、日本経済の復活はない!

 

帝国データバンクのレポートによると、2019年の首都圏への企業転出入状況は66社増と、9年連続の転入超過と、相変わらず首都圏の膨張は止まらない。

現在、日本には約219万社余りの企業があり、うち90万社(41.10%)が13県に所在する。上場企業に至っては3,833社中2,278社(59.43%)に及ぶ。それもあくまで登記基準であり、実質的に首都圏を軸に活動している企業はもっと多い。

また、85日、総務省が発表した人口動態調査によると、日本の人口は50万人減と過去最大の減少となったが、その中でも首都圏人口は67千人余りの増加(いずれも日本人住民)だ。人口総数では、首都圏人口は3,675万人、日本の総人口の約30%が集中している。

 

首都圏一極集中は「政治の不作為」で加速した

もとをただせば、首都圏一極集中を生んだのは、「民間にできることは民間に」を合言葉に押し進められた『構造改革』だ。この考え方自体は正しいと思うが、国家としての役割を放棄してしまったために、民間の“暴走”を許してしまった格好だ。

端的に言ってしまえば、民間の行動、判断基準は、最終的にはどの会社も『利益』だ。したがって、その道筋はともかく、民間の行動は往々にして偏る。

首都圏一極集中は、この顕著な爪痕だ。

つまり、首都圏が大きな市場だとなれば、営利企業である民間企業は、こぞって首都圏に重点的に投資する。そしてこの投資の傾斜配分が、ますます首都圏にヒト、モノ、カネを引き寄せ、これによって首都圏はさらにその市場規模を拡大する。するとますます企業は首都圏に注目し、さらに投資を集中する。

この循環が、何もかもが東京に集まる、今の一極集中を生んだわけだ。

自社の成長が至上命題(増収増益が最上の成果)である民間企業は、安定的発展のためには、二極化、複眼化が望ましいということを理解しつつも、自社は“一番の市場”で商売がしたいのだ。民間企業にとって、対抗市場を育てるために、敢えて「最大市場に対する経営資源の投入を抑える」という選択が困難であることは、容易に察することができよう。

そもそも社会構造を見据えた対策は民間が考える課題ではなく、ここには政策的対応が必要だったのだが、特定企業群の成長によりマクロ数値が好調を維持していたため、社会構造がバランスを崩しつつあることには気付かず、「市場の論理」に“委ねてしまったこと”が、現在の状況を生んでしまったのだ。

民と官の思考の違いにかかる例として、例えば、長期デフレから抜け出せない中、「日本の力を東京に結集して世界と戦うべし」を唱えた不動産王がいた。意図的であったのか否かはわからないが、彼にとって重要なのは、ヒトが東京に集まり、需給関係のひっ迫から東京の地価、いや、正確には自らの所有する不動産の価格、賃料が高騰することなので、こうした宣伝をするのは当たり前だ。

その結果、地方都市が衰退し、これに伴って広域経済活動が薄れ、とどめに全人口の7割を占めるセグメント(地方経済)の購買力が低下することによって内需が低迷し、結果、景気にも悪影響を及ぼす…ことは、東京の中心地に土地を有し、この土地からの収入が最大化すればいい不動産事業者には関係のない話なのだ。


 

「経済力」は“結集”できない!

そもそも経済指標は、要はカネの動きであり、ヒトやモノ動きに付随して生じるものなので、人や資本が集まり過ぎると弱くなることがある。

簡単な話が、部品メーカーと組み立て会社、販売会社が隣接していれば、輸送機器メーカーや物流会社の出番はなくなり、売上げは減少、GDPにはマイナスに影響する。

この集積会社同士の取引が活発になり、先述のマイナスをカバーして余りある売り上げを計上すれば、経済指標としてのGDPは増加し、表面的には景気がいいように見えるが、儲かっているのはこの集積企業だけ。これ以外の企業等には何の恩恵もない。販売会社が見据える市場が一つ(またはわずか)しかないと、これが現実になる。結果、指標が示す好景気とは裏腹に、多くの企業や国民にはその恩恵は届かない…これが「実感なき経済成長」の基本的な構図だ。

これに対しヒトが分散し、全国あちこちに捨て置けない市場があれば、少なくとも消費者を相手にする販売会社はあちこちに進出(=投資)していかなければならない。そしてその数が多ければ、大資本といえどもすべてをカバーすることは難しく、地元企業にも対抗できる余地がでてくる。また販売者が各地に広がれば、製品の輸送の必要が生じるほか、地元部品メーカーや組み立て会社に仕事を依頼し、現地調達・生産を行うという選択肢も出てくる。

幅広い地域にビジネスチャンスが発生し、そのすべてを特定企業が引き受けることは難しくなる。すなわち、富の分散が実現するわけだ。

併せて、ヒトが分散することで有力な経済圏が複数存在すれば、ヒトやモノの行き来が活発になる(基本的には、二極化、複眼化が消費を活性化させる理屈と同じ)ため、物流、交通、生活産業や飲食など、人の生活と生産活動にかかわるあらゆるニーズが生まれる。

企業目線では非効率ともとれる分散に伴う付随費用の発生が、(実は誰かの売上げになっているので)日本経済全体を押し上げるという、国として望ましい結果を生む。

このように、カネの延べ異動金額で表される「経済規模」は、ヒト、モノ、カネが適度に分散し“動き回る”ほうが伸びるのだ。

  

一極集中は「地域経済」を食い尽くす

翻って現状は、経済活動が首都圏に集中しているため、地方都市との往来の必要性が薄れ、交通機関をはじめとする旅客運輸部門、人が行き来することにより生まれるはずだった飲食や小売り、サービス、またそこに拠点ができれば生活産業も生まれるはずだったが、この可能性が消えてしまっている。

同時に、分散、点在していれば、中小零細事業者にも勝機はあり、富の分散にも期待ができたが、一極集中となれば大資本が圧倒的に有利だ。小売系で例えれば、膨張する首都圏に巨漢店舗を構えることのできる事業者(あるいはドミナント出店でもよいが、いずれにしても大きな資本力が要求される)は、ますます集客力を高めて成長し、地方の中小スーパーや零細小売店は、人口減少とともに縮小、消滅するしかない。こうして地方の灯はまたひとつ消え行き、首都圏大資本による独り勝ち、“首都圏大資本の総獲り構造”が、あちこちの業界で巻き起こる。

また、生い立ちが地方企業であった場合でも、これだけ人口に偏りがある中で全国区の勝ち組みになるためには首都圏をメインターゲットにせざるを得ず、マーケティング等を含めた業務効率化の観点から、(登記上の本社所在地はともかく)主要拠点が首都圏に移っていくことになるのは容易に想像できる。実際、地方発祥のナショナル企業の多くが、今では本社機能を首都圏においている。こうして生産者であると同時に消費者として経済の支え手となる「人」が、地域から消えてしまうわけだ。

山口市出身で、今や株式市場では最大級の値嵩株となり、名実ともに日本を代表する企業となったアパレル企業、札幌市出身の家具・生活用品販売企業、高崎市出身の家電量販店や、岡山市出身の教育事業者など、その事例は次々にあがる。

この点、特にBtoCビジネスを展開する民間企業の場合、ターゲット顧客・市場のそばで、その動向や変化を機敏に感じることができるか否かは事業の成否に大きな影響を与えるため、これはある程度やむを得ないことだ。特に市場規模の差がここまで大きいと、『地方の雄』であり続けながら、東京資本に対抗することは不可能といってよく、出ていく企業を責めることはできない。

裾野が広く、自らが「城下町」を形成できるような企業であればこの限りではないが、残念ながら、そうした企業(産業)は多くはない。

 

財政出動をも無力化してしまった「一極集中」

衰退に歯止めのかからない、市場拡大の見込めない地方経済圏は、民間の投資対象にならないばかりか、経済波及効果の波をつなぐことのできるような企業や人が地元に残っていることも、悲しいかな、多くはない。

これを裏付けるように、かつては3倍、4倍を記録していた公共事業の乗数効果は、近年では1倍強にしかなっていない(要するに、まったく経済波及効果がないということだ)。

今も多くの識者から、景気対策として財政出動の必要性が語られることも多いが、社会構造が大きく偏重してしまっている中で、旧来型の財政出動では効果がないことは、はっきりと証明されてしまっているのだ。

これも思い切り簡単に言ってしまえば、いくら国が地方にお金を投入しても、地元のスーパーや商店街はもうないので、消費者は、大手スーパーや量販店、ECサイトで買い物をする。つまり、一旦は地方に落ちた金が、すぐに首都圏大資本によって回収される。人口減少と地域の衰退が予想されている中、これらの企業が当該地への再投資を行うことはなく、地方から吸い上げた金を借金の返済と内部留保に充ててしまう。(最悪の場合、地元商店等を完膚なきまでに叩き潰した後、巻き上げる金がなくなった地域から撤退する。当該地には、買い物をする店さえなくなってしまうのだ。)

このように、財政出動したお金は、あっという間に世間から消えてしまうわけだ。しかも、ここで一番恩恵を受けたのは、首都圏大資本だ。

地元事業者を中心とする中小商圏が分散、点在し、投入されたお金が二次波及、三次波及という形で様々な人の手を渡りながら地域内で巡るという、財政出動が景気浮揚に結びつくこの構図は、残念ながら、首都圏一極集中によって、すでに葬り去られているのだ。

 

「一極集中」の中で、真の経済浮揚策はない

この状態でどうやって景気、経済の浮揚を図るのか…。

この20年、あの手この手を尽くしても日本が低迷を続けていることを見てもわかるとおり、はっきり言って、何をやっても無駄だろう。「実感なき経済成長」も、先述のとおり、残念ながら理に適っている。理に適っている以上、何度も同じ結果が出る可能性が高い。つまり、今後の経済成長も、多くの国民とは無関係なところで起きる可能性は否めないのだ。

今の社会構造は、どうやっても特定の資本家、一部の金持ちのところにお金が集まる構図ができてしまっている(己に富が集中する仕組みが民間の目指すところであり、“独り勝ち”は民間企業にとっては理想だ。これまでの政府は、それを目指す民間に経済を委ね、支援を重ねてきたのだ)。したがって、多くの国民がその恩恵を受けられる世の中にするためには、今の社会構造の中で何をするのかではなく、大資本が圧倒的に有利な「首都圏一極集中」という社会構造そのものを“壊す”しかない。

市場が、資本力にものを言わせた“パワー”ではねじ伏せられない地域性を柱とする多様性を持てば、資力は劣っても、地元を知り尽くす地域の中小企業にも勝機はあるし、それが全国各地に分散していれば、いかに大資本とはいえ『総獲り』は難しくなる。

そして何より、多様性のある経済構造は、国家レベルでの不況に陥りにくい。

現在の日本経済は首都圏経済が“こけたら、皆こける”というリスク耐性のない構造になってしまっている。これを変えるためにも、地域経済は、良い意味で独立、自立した存在であるべきなのだ。

ただ、冒頭でも記したとおり、民間は自らの利益という判断軸を持って活動するため、自分で有望市場への投資を抑制する(≒収益機会を放棄する)ことはできない。つまり、民間企業、特に大資本にとって最適な社会構造である一極集中を、自ら壊すことはあり得ない。

自由経済を原則としつつも、個別企業の経済合理性とは相容れない、『国づくり』視点からの経済構造構築に向けたコントロールは、国家が主導(誘導)するしかないのだ。

例えば、首都圏一極集中を阻止し、商圏の分散を図ることは、広域経済活動を生み出すことができることに加え、全国民・企業の身近なところにチャンスをつかむ舞台を与えることになるなど、「国民全体の利益と公平性」を考える国家が介入する大義がある。

 

これこそが、『一億総活躍社会』の前提となる社会構造ではないだろうか。

首都圏でなければ仕事がない、あるいは地元で働くには首都圏資本の出先機関で、実質的には“ブルーカラー”として働くしかないような環境の中で、そして首都圏では高い生活コスト、地方都市では低所得を理由として、共働きでなければ生活さえままならないため「やむを得ず働きに出ている」ような生き方は、『一億総労働社会』であり、“活躍”とは程遠い。


しかし、政府の動きを見ると、この期に及んでもなお、『日本再興戦略2016』において、世界中から人材・情報・資金の集まる拠点となるための取り組みとして東京国際金融センター構想が打ち出される始末だ。

政府の地方創生に取り組む本気度に対する疑問とともに、首都圏一極集中が日本経済にとってマイナスに作用しているという認識がないことがよくわかる。

 

一体、どれほどのヒト、モノ、カネを首都圏に集め、どれだけの国民を“生贄”として差し出せば気が済むのだろう…。

 

 

コメント

このブログの人気の投稿

今後のマンション価格はどうなる? ―「マンション・バブル」の崩壊はあるのか?―

  全国のマンションの平均価格は上昇を続け、ついに首都圏の新築マンションの平均価格は、過去最高値 (6,123 万円= 1990 年 ) を超える 6,260 万円に達し、「不動産バブルの再来」とも言われています。 このような状況の中でもマンションを購入している人たちからは、将来のマンション価格の上昇を見越して、「いまのうちに購入しておきたい」という声も聞かれます。 これはまさに、“買うから上がる。上がるから買う”という、バブル期に土地や株が高騰した時の状況に酷似していますが、今後のマンション価格はどうなるのでしょうか。   マンション価格の推移 マンション価格のこれまでの推移を見てみると、下表のとおり、 2008 年のリーマンショックにより、一時、下落したものの、近年では、新築・中古ともに上昇傾向にあます。     住宅価格の上昇の中でも、マンション価格の上昇は突出! 日銀の異次元金融緩和政策の下で住宅ローン金利も記録的な低金利となっており、「住宅購入には絶好のタイミング」と言われています。「不動産価格指数」(国土交通省)からも、近年の住宅価格は着実に上昇を続けており、旺盛な需要があることがわかります。 その中でも特筆すべきがマンションであり、戸建住宅等と比べるとマンション価格の上昇には、目を見張るものがあります。 低金利を追い風に住宅取得需要が増加する中でも、特にマンション価格が大きく上昇した理由としては、以下が考えられます。 ・建築資材や人件費などの建築コストの上昇 ・都市部への人口集中に伴う需要の増加 ・相続対策や資産運用手段としての需要の増加   建築コストの上昇は、マンションだけに影響するものではありませんが、戸建て価格の相当部分は土地代であり、都市部ではその過半を占めることも少なくありません。これに対してマンションは、その価格の大半は建物(建築)価格であるため、建築コストの上昇の影響をより大きく受けるわけです。   次に、都市部への人口集中による需要の増加です。 コロナ禍以前、住居に関して「都心回帰」の動きが注目されていたこと...

日本は、本当に「オーバーバンキング」なのか?

緊急事態宣言の解除から 3 週間が経過しようとしている。   新型コロナウイルスの感染拡大防止に伴う自粛によって凍りついてしまった経済活動の再開に向けた動きが、今、全国ではじまっている。その中で、地域の中小零細企業を支えるべき地域金融機関の存在意義が、改めて問われている。   コロナショックでわかった地域金融機関の重要性 ここまでも、地域金融機関サイドからは、「この先の展望も不透明な中、正直、片目、両目をつぶった緊急融資も相当やってきた」といった、地域の企業等のために出血覚悟の対応を行ってきたとする声も聞かれる。一方、メディアなどでは、今般のような事態における支援は政府系金融機関等の役割との姿勢から、「腰が引けていて、その対応は十分ではない」などの論評も見られる。 どちらが真実なのか、現場に足を運ぶことができない今の状況の中では検証する術もないが、 5 月の地銀・第二地銀の貸出残高が前年同月比 3.8 %増、信金も 2.7 %増(日本銀行、「貸出・預金動向」)と、例月を 1 %以上上回る高い伸びを示していることや、(“正念場”は夏場以降と思われるが)現時点での全国の倒産件数が 237 件( 6 / 10 現在、帝国データバンク)に留まっており、その中にはコロナ前から危うい状況にあった企業も相当数含まれるという実情を見れば、地域金融機関の言い分を信じてもよいような気がする。   その是非はさておき、地域の中小零細企業等への支援は、グローバル&大企業志向のメガバンクや、マネー取引に傾注するネットバンクにできることではなく、コロナショックは、図らずも地域社会における地域金融機関の重要性を再認識させるものとなった。   『地域金融』の理解が十分ではないと、地域金融機関の存在意義も理解できず、地銀不要論(「オーバーバンキング」や「一県一行」などの論説はその典型)に結びつき易くなるのだが、『グローバル金融』花盛りの近年、残念ながら、こちらが主流だ。 ただ、コロナ対応が急がれる中、この論調も一旦、影を潜めている。   超低金利政策が続く中で、地域金融機関の先行きについて景気のいい話は聞こえてこないが、地域経済の活性化に向け、地域金融の中核を担うことになる地域金融機関の役割は大き...