昨日、家電量販大手ノジマとスルガ銀行が、資本業務提携を解消することで合意したと発表した。
ノジマはスルガ銀行の発行済み株式総数の18.5%を有する筆頭株主だが、提携解消に伴い保有株を全て売却する(スルガ銀行が、その全株を自社株買いする)。
ノジマは提携解消の理由を「期待していた効果を得ることが困難であると判断した」と説明しているが、ノジマの期待する効果とは何だったのか。
まだ記憶にも新しい2018年、スルガ銀行は、シェアハウス向けなどの投資用不動産融資にかかる不正が明らかになり、経営危機に陥った。翌19年、同行はノジマと業務・資本提携し、筆頭株主となったノジマの支援を受けて経営再建を進めてきた。つまり、ノジマはスルガ銀行にとって「ホワイトナイト」だったわけだ。
もちろん、ノジマ側にも意図があった。
業界覇者のヤマダ電機が住宅事業や保険販売事業を展開している例にもみられるとおり、ノジマも、スルガ銀行がこれまで地銀としては特異なビジネスモデルで築き上げてきたネットワークと顧客網、そして銀行としてのブランドやインフラを活かし、フィンテック分野での連携を通じて、ノジマ自身が「家電量販店」から「生活総合産業」への脱皮を図りたかったのだろう。
銀行という気位の高い面々の多い企業を他業種が支配することはなかなか容易ではないが、実は筆者は、進め方次第ではこの提携はうまくいくかもしれないと考えていた。
その根拠は、前述したスルガ銀行の「地銀としては特異なビジネスモデル」が、ノジマの期待にマッチングする可能性は十分にあると考えたからだ。
今年度の中間決算(2021/9期)資料を基に、スルガ銀行の状況を紐解いてみる。
総貸出残高2兆2,500億円弱に対し、個人ローンが約2兆円。一般的な銀行のポートフォリオでは、個人ローン比率は、総貸出残高の30%前後であることを考えれば異常なまでの特化ぶりだが、スルガ銀行におけるこの傾向は、もう20年に及ぶ歴史を有する。
この個人ローンの中でも突出しているのが、マンションやアパートなどを投資目的で「一棟買い」する案件に対する融資で、その残高は1兆5百億円超に達する。ワンルームや懸案のシェアハウス向け融資などを加えるとその残高は1兆3千億円を超える。付け加えれば、その8割以上が「要注意先」以下に分類されており、その質の低さも他に例を見ないありさまだ。
これだけのボリュームを確保するためには、当然、静岡県内では足りず、同行の営業エリアは首都圏を中心に、筆者の知る限りでは仙台の案件にまで絡んできたことがある。ここまでくると地方銀行というよりも不動産ファンドと言う方がしっくりくるが、実際、同行の役員から、自虐的にこれを認める向きのお話を聞いたこともある。
一方の事業性の融資は2,500億円ほどしかないわけだが、ここでも不動産関連業者への融資残高が826億円(加えて建設業が125億円)と、通常、事業者数の多さから「業種別貸出残高」で“トップ争い”をすることの多い製造業(347億円)や卸売業(300億円)を大きく凌ぐ数字が計上されている。経済基盤の弱さから小規模事業者が多く、公共投資依存度の高い地方都市においては、不動産業や建設業のウエイトが高まることは仕方ないが、静岡県という比較的恵まれた環境にある中でのこの数字には、やはり地元への意識よりも儲かる不動産案件への関心の高さが現れているといえよう。
余談だが、今では「不正融資を行って経営危機に陥った銀行」として否定的に扱うメディアも多いが、かつて、このスルガ銀行のビジネスモデルは「地銀の新しいビジネスモデル」として、ほぼすべてのメディアが無条件に称賛し、スルガ銀行を「優良地銀」と扱った。
筆者にも「今後、地銀が向かうべきスタイルの先駆になったのでは?」という問いが寄せられたこともある。そのたびに、「同行のビジネスモデルは、端的に言えば、地域銀行であることを放棄し、収益性の高い商品の拡販を図るもの。一営利企業としての経営判断に文句はつけられないが、多くの地銀が真似るべきモデルだとは思わない」と回答していたが、大概のメディアは、「でも、実際、収益力は断トツであり、“勝ち組”ですよね!」と言って引かなかったことを思い出す…。
スルガ銀行に、ノジマの提案を受け入れる用意はあったのか?
2019年、ノジマとの業務提携後に公表したスルガ銀行の中期経営計画を見ると、同行が、大きく変化することを望んでいない(真剣には考えていない?)ことがよくわかる。
スルガ銀行の経営計画の批評をするつもりはないので詳説はしないが、ノジマとのすれ違いと、スルガ銀行の見据える先がどこにあるのかに絞ってピックアップしてみよう。
まず、ビジョンとして「リテールバンキングを通じた独自の価値提供」が掲げられている。
前述したとおりの同行の顧客ポートフォリオを考えれば当然であろうし、ここまではノジマも同じ気持ちであったろう。
これを受けた経営戦略の柱として、以下2点があげられている。
l コアビジネスであるリテールバンキングの再構築とリスク分散と収益の安定化を目的として市場性運用を推進し、リスクとリターンのバランスが取れた収益基盤を構築
l リスク・リターンを考慮したリスクコントロールによる、既存ビジネスの推進と新規事業への取り組み。ストレス環境下で顕在化するリスクに備えた自己資本の充実
小難しい言葉が並んでおり、「銀行に勤めるような賢い人の言うことはよくわからない」と思った人もいるかもしれないが、ご心配なく。ここには何の戦略も方針も示されていない。
上記をわかり易く要約すると「個人向けの事業を見直し、安定的な有価証券運用なども増やしながら、リスクを抑えつつ利益が出せるよう努める」「リスクに見合う収益を考えながら既存事業や新規事業に取り組み、同時に自己資本の増強も行う」というものだ。
いずれも、「誰だって、そう願うよね」という内容で、この実現に向けたアプローチの方向性や基本方針、すなわち戦略については何ら言及されていない。
もちろん、企業の戦略は機密事項であり、具体的な施策等を公表するわけにはいかないのも事実だが、これに続く説明を見ても、多少具体性があったのは、店舗網の集約によるコスト低減と、今後はターゲットを金持ち層に変更することで質の向上を図るというもので、これ以外は、不正融資を生むことになった反省もあっての体制の強化、厳格化、業務の効率化によるフロント(営業)人員の増強などが中心だ。ノジマとともに、新しいビジネスモデルを創出していこうという意識は、まったく垣間見られない。
地域に固執せず、個人取引のすそ野の拡大に向けインターネット環境を活用したアライアンスにも積極的に取り組んできたスルガ銀行を見て、フィンテック事業を通じて、自社のお客様に金融サービスを提供していく上でのパートナーとしての期待を寄せていたと思われるノジマ。もしかするとITを活用してノジマの店舗内に銀行のバーチャル支店を開設して相乗効果を狙うことまでを考えていたかもしれないノジマにしてみれば、「これまで通りで頑張ります」としか読み取れないこの中期経営計画を見て、「こんなことのために100億円もの投資をしたわけではない」と思うのも当然だろう。
こうして両者の溝は深まり、ノジマ側は、昨年、社長を含む過半数の取締役の交代を図ったが失敗し、失望した野島氏(ノジマ社長)は、スルガ銀行の取締役副会長を辞任するに至った。さらに、資本・業務提携の見直しという最後のカードをちらつかせての交渉も平行線をたどり、ついに昨日、提携解消に至ったわけだ。
スルガ銀行は、何を目指すのか?
スルガ銀行の中期経営計画における「地域への取り組み」では、県等が中心となって進める健康増進プロジェクトへの参画、観光振興に向けた地域イベントの推進、エコオフィス化による環境への配慮などが記載されている。
もちろん、こうしたこともやってもらえばいいのだが、地域の産業や地元企業支援にかかる取り組み(べたなところでは、地元企業への融資の拡大や地域産業創造のためのソリューション支援など)には、まったく言及されていない。
つまり、スルガ銀行には、中小・地域金融機関のあり方の一つとして示されている『地域密着型金融』の枠組みに戻って、「地域の金融を支える銀行」として生きるつもりはないわけだ。
しかし、スルガ銀行の掲げる、個人向けローンビジネスを軸にミドルリスク・ミドルリターンビジネスで事業を成り立たせることは、本当にできるのだろうか。
かつて、「ミドルリスク・ミドルリターン」を掲げて銀行業務に参入した企業があった。
「日本振興銀行」だ(2004年開業、2010年経営破綻)。
同行破綻の直接原因は、当局検査に対する妨害行為で役員が逮捕されるという事態を受けての預金流出に伴う資金繰り破綻だが、そのおおもとには「無理な融資」が続いていたことがある(この発覚を恐れて、検査を妨害した)。大きく言えば、スルガ銀行の不正融資問題と根幹は同じであり、融資残高を伸ばすためには「一線を超える」しかなかったわけだ。
ミドルリスク・ミドルリターン市場…。結果論として、こう呼ぶにふさわしい市場は存在するが、これに対応する金融機関がないと考えるのは誤解、というのが筆者の見解だ。
金融機関による融資は、最終的には「やる」か「やらない」かの結果しかないが、ミドルリスク・ミドルリターンの案件とは、この視点で言うと、その判断に悩む案件だ。しかし当然ながら、“悩む案件”のまま放置されることはなく、最後は白黒をつけるのだ。
いつの時代でもそうだと思うが、特に融資先を見つけることが難しくなっている現在、どこの金融機関だって、何とかならないものかとの知恵は絞っており、ミドルリスク案件の相当数が融資実行にこぎつけている。ただ、どうしても返済計画が描けない案件が一定数存在するのも事実で、この結果「この案件は、ハイリスクと判断せざるを得ない」と結論付けられた案件が謝絶につながる。
もちろん、金融機関の場合、その貸出原資は預金者から預かっている預金であるため、安全性に関するハードルが高くなることはやむを得ない(安全・確実を望む預金者のお金を、リスクの高い融資で運用することは、考えようによっては許されない)。したがって、見る人によっては、このぐらいの腹は括れよという声の出るような謝絶案件もあれば、結果的には謝絶が見立て違いであったという案件が出てくることもあるだろう。とかくこうした話が大きく取り上げられることから、取り残された有望市場のように見えるのだろうが、振興銀行の例などは、それが幻想であることを証明したものであると言えるのではないだろうか。
特に、スルガ銀行の中期経営計画では、ターゲット顧客層を「マス層」(保有金融資産3千万円以下の顧客層)から、「富裕層」(同1億円以上の顧客層)以上に拡大してこれを推進するという。
同行が「ミドルリスク」にどんなイメージを持っているのかは不明だが、少なくとも資産背景に相応のバッファーがみられるこうした顧客層の取引の獲得競争は激しくなると考えられ、「ミドルリターン」どころか、地縁のない地域においては自行を選択肢の一つとして考えてもらうことさえ容易ではないだろう。
『地域密着型金融』に背を向け、生活産業大手からの新しい金融サービス業者への転換に向けた提案を拒絶したスルガ銀行が、今後どこに向かうのか…注目である。
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