「遺言書なんて…、そんな大袈裟なことをするほどの財産はありませんよ」。
相続のご相談において、よく聞かれる言葉です。
遺言書には、
l 相続トラブルの大半を占める遺産分割トラブルの回避
l 特定の人に特定の財産を引き継ぐ自分の意思を伝える
といった意義があることは広く知られていますが、今後の相続においては、
l 第三者の介入により相続が紛糾してしまうリスクの回避
という点が、これまで以上に重要な意味を持つようになると考えられます。
遺された家族が無事に相続を乗り切るための手助けとして、是非、その作成を考えてみましょう。
遺産分割トラブルの回避
相続といえば、映画やドラマの中では、多額の遺産をめぐって遺族同士で揉める“争族”が描かれることも少なくありません。しかし、私の経験からは、多額の遺産が見込まれる人は、万全の事前準備の下でスムーズに手続きが進むことのほうが多く、トラブルは、「たいした“財産”もないし、うちに限ってそんな心配はない」と高を括り、特段の準備をしていなかった家で起きることのほうが多いように思います。
実際、最高裁判所が毎年刊行する『司法統計』によると、例年、家庭裁判所に持ち込まれる遺産分割事件(調停や審判)は1万2千件前後に及びますが、その約3/4が、遺産総額が5千万円以下の案件(1千万円以下に絞っても全体の1/3強)となっています。
“裁判沙汰”になっている相続事案の大半が、遺産総額がそれほど大きくないケースなのです。そして、そのほとんどが分割トラブルです。
「相続財産と呼べるようなものが自宅しかない」ケースはその典型例ですが、相続財産に占める実質的に分割が難しい資産の割合が大きい場合、これを相続する人と、他の相続人との間に大きな差が生じることになります。また、家業を営んでいるケースでは、自社株や個人名義となっている事業用資産等を跡取りに集中させることが望まれますが、この結果、他の相続人に相続させる財産がなくなってしまうこともあります。
こうした不均衡が、例えば「兄がすべてを相続し、自分には何もないなんておかしい!」といった不満となり、相続トラブルに発展してしまうことが少なくないのです。
あるいは、相続人それぞれの事情や考え方により、不動産の相続を望む人もいれば、金融資産の相続を望む人もいるでしょう。分け合うほどの潤沢な資産があるわけではない中で希望が重なった場合には、“取りあい”“押し付け合い”になってしまうのです。
こうした事態を招かないようにするためには、まず自分の相続のシミュレーションを行い、意図せぬ不均衡等が生じている場合には相続対策を講じることも必要ですが、これと同時に、自分の考えを『遺言書』としてまとめておくことです。
「相続は遺った者同士で話し合ってくれればいい」と考えている人は少なくありませんが、これが、家族の崩壊を招く相続トラブルの火種になった例もあるという現実にも、しっかりと目を向けることが必要です。
遺言は、遺言者の意思表示ですから、これに従って遺産分割を行うことが原則ですが、遺された人たちの合意があれば、遺言とは異なる分割も可能であるなど「遺言が家族を縛ることになる」という心配は無用です。その心配以上に、相続人の間で意見が割れたとき、例えば「親父はどうしたかったのか」がわかることは、スムーズな協議の成立に向けた助けになるはずです。
相続は、家族に対する最後の責任として、しっかりとバトンを渡す算段を立てておくところまでが“務め”だと考えておくべきでしょう。
余談になりますが、併せて、事前にその内容を知らせておくことも望まれます。
私の経験では、相続で揉める最大の原因は、もらいたかった、もらえると思っていた財産がもらえなかったことにあります。金額の多寡ではなく、期待が裏切られたことで感情的になってしまうことが原因であることが多いのです。
したがって、生前に、誰に何を引き継ぐのかをはっきりとさせておき、例えば相続人が、「親父にもしものことがあった時には、俺は○○を相続するんだ」がわかっていれば、仮にそれが公平な分割ではなかったとしても、“普通の家庭”で相続トラブルが起きる可能性は低いと言えるでしょう。
もし、そこに不満があれば、“生前に”自分の想いを伝える機会を作ることもできます。
特定の人に特定の財産を引き継ぐ自分の意思を伝える
昨今のご相談では、「自分たちの財産は自分たちで使いきるつもり。子供に残すつもりはない」という人も少なくありません。しかし、使いきると言っても、自分がいつ死ぬのかはわかりませんし、いずれは訪れるであろう“夫婦のどちらか一方が遺された時”の心配もしておかなければなりません。この時、配偶者用に遺しておいた財産に、子供が権利を主張してくる可能性も否定はできませんので、二人で使いきるつもりなら、相続対象の財産にならないよう、各々の財産をあらかじめ確保しておくことを考える必要もありますし、そのことについて、遺言によってはっきりと伝えることも必要です。
また、遺言者は、遺言によって法定相続人以外の受取人を指定することも可能です。
近年では、婚姻届を出さずに事実上の婚姻生活を送るカップルもありますが、内縁関係では法定相続人にはなりません。あるいは孫にも直接、財産を引き継ぎたいと思っても、孫の親である自分の子供が健在であれば、孫は法定相続人にはなりません。
こうしたケースでも、遺言者は、遺言によって、法定相続人以外の人に財産を引き継ぐことができます。
ここまでは、遺言書の意義としてすでにご承知の方も多いでしょうが、今後の相続においては、以下の点についても注意を払っておくことが必要です。
第三者の介入によって相続が紛糾することを防ぐ
相続人に対する遺産の分割は、遺言があれば、原則これに従って行われますが、遺言がない場合は、相続人による話し合いである遺産分割協議によって決めることになります。
この協議の方式は決まっていませんので、必ずしも相続人が一堂に会する必要はなく、電話やメールでも構いませんが、法定相続人全員の合意が必須で、1人でも欠けたらその協議は無効です。
ちなみに、役所や金融機関などで名義変更など財産を受け取る手続きを行うためには、この結果を『遺産分割協議書』にまとめる必要がありますが、ここには法定相続人の特定根拠となった戸籍類一式と、各人の署名、実印による押印、並びに印鑑証明書の添付が必要となりますので、「ごまかし」はできません。
これは、相続人の中に「法律行為ができない人」がいても例外ではありません。
このため、未成年者には家庭裁判所で特別代理人の選任が、認知症の者には成年後見人の選任が必要になります。この時、同じ相続の相続人となる親族は利益相反関係にあることから代理人・後見人にはなれませんので、第三者に依頼することになります。例えば、妻と未成年の子供が相続人の場合、妻自身も相続人になっていますので、母親なのに、子供の代理人にはなれないのです。
そしてこの代理人・後見人の使命は、家族の事情に照らした適切な相続ではなく、被代理人(未成年者)や被後見人(認知症の者)の利益を守ることです。したがって、誤解を恐れずに言えば、かなり厄介な存在になる可能性も否めません。
法定相続は、「平等」を前提に均等な分割を基本としています。もちろん、その考え方も理解はできますが、現実の相続では、二次相続を見据えて高齢の配偶者に多額の遺産を相続させるのは得策ではないとか、遺された家族のその後の生活を守るべく経済的に苦しい状態にある子供への相続分を厚くする、あるいは家業を継続するうえで跡取りに遺産が集中することになるなど、個々の家庭の事情に応じた財産分与が行われるのが一般的で、法定相続が妥当と思われるようなケースは、少ないと言っても過言ではありません。
しかし、代理人・後見人の責務は、被代理人・被後見人の利益を守ることですから、極端な話、代理人・後見人が、その財産分与が将来のトラブルの種になり得ることや、他の相続人に著しい不利益をもたらすことを十分に理解していたとしても、1円たりとも、被代理人・被後見人に認められている財産を受け取る権利(=法定相続分)を放棄・譲歩するわけにはいかないのです。
今後の長寿化に伴い、認知症などで法律行為ができない相続人がいる可能性は高まります。この時、後見人という第三者を交えた遺産分割協議をしないで済む方法は、遺言書が存在しており、遺言書通りの財産分与を行うことなのです。
遺言書の作成要領
では、遺言書はどうやって書けばいいのでしょう。
映画やドラマでは、「江戸時代の書簡」のような遺言書を弁護士が披露するシーンが映し出されたりしますが、いまどきあんな遺言書はありませんし、弁護士等を雇う必要もありません!
民法では、特殊な状況下での遺言を含め7種類の方式が定められていますが、公証人に筆記してもらう公正証書遺言と、自筆で書く自筆証書遺言が一般的ですから、この2つについて、具体的な作成要領を述べてみましょう。
― 公正証書遺言 ―
公正証書遺言の作成には費用がかかります(遺言する相続人の数や財産の金額によりますが、一般的には10万円前後の水準感です)が、公証人に筆記してもらうため無効になることはありません(後述する「家庭裁判所での検認手続き」なども不要です)。また、原本は公証役場で保管されるため、紛失や改ざんの心配もなく、安全確実な遺言方法と言えます。
その後の具体的な手順は、役場の指示に従えばよいですが、一般的には、本人確認書類と印鑑証明書、家族関係を証明する謄本類、相続財産の中に不動産が含まれる場合はその登記簿謄本と納税通知書等の提出が求められます(謄本等については、有料ですが、公証役場が代理取得してくれる場合もあります)。また、公正証書遺言の作成にあたっては、2名の証人が必要となりますが、ご自身での確保が難しい場合、公証役場で手配してくれます(1人1万円ほどの謝礼が必要となります)。
なお、遺言書自体は公証人が作成してくれますので、記載方法等について気にかける必要はありませんが、分割案を決めるのは遺言者自身です。以下の例のように、誰に、どの財産を分与するのかを記載したメモを持ち込むとスムーズでしょう(様式不問)。ただし、公証役場では、記載資産に漏れがないか、またその分割が家族の事情等に照らして妥当であり、税法上の懸念はないかなどについての積極的なアドバイスはしてくれませんので、身近に相談相手がおらず、分割案の作成に不安がある場合には、FP等の専門家に相談することをお勧めします。
― 自筆証書遺言 ―
自筆証書遺言は自分一人でいつでも書くことができて費用もかかりませんが、法律で定められた要件を満たしていなければ無効になります。
決して難しい要件ではありませんが、以下をよく確認して記載しましょう。
・遺言者本人が自筆する
遺言書には、最低限、以下の4点を遺言者が自筆する必要があり、代筆やPC等による作成は認められません。
①タイトル
「遺言書」等の表示が必要です。絶対要件ではないものの、「これはただのメモ、落書きであり遺言とは言えない!」などと難癖をつけられる可能性もあります。
揉めるときとはそういうものですから、しっかりと記載しておきましょう。
②日付
西暦でも元号でも構いませんが、確実な年月日を記載してください。
遺言書は、確実な年月日がが特定できるもののうち、その日付が最も新しいものが有効となりますので、これはとても重要です。
本人の手によるものか否かが証明できない日付印の使用や、“吉日”など正確な日付が特定できない記載では、無効とされる可能性が高まります。
③本文
形式ばった書き方をする必要はなく、記載例にあるような簡単な書き方でも構いませんが、「誰に、何を」に疑いの余地がないように記載することがポイントです。
例えば「3人で分けること」ではなく、「3人で均等に分けること」など、これ以外に解釈できないように記載することです。また、“お兄ちゃん”や、“○○ちゃん”など、家庭内での呼び名では、やはり難癖をつけられる可能性がありますので、はっきりと名前を書きましょう。
④署名
遺言者のフルネームの記載です。“父より”などではダメです。
なお、住所は、必ずしも記載の必要はありませんが、記載しておく方が望ましいでしょう。この際の住所は、②で記載した日付時点での住所です。「署名部」は、遺言の意思表示者が特定できることが唯一のポイントですから、相続発生時の居所が変わっていても、“その人”であることが確認できる限り、まったく問題はありません。
以上は、自筆されていることが絶対条件ですが、遺言書に添付する相続財産の目録については、PCで作成した目録や通帳のコピーなどを添付することも認められます。
相続財産の中に不動産がある場合、対象不動産の詳細記入が負担になるようであれば、謄本や登記事項証明書等を別添目録として添付するのも一考でしょう。
また「◎◎銀行に保有する預金債権のすべて」や「○○証券に寄託する金融資産のすべて」であれば、目録等の作成は不要ですが、特定の定期預金や株式等の銘柄ごとに受取人を指定したい場合には、別添目録を作成したほうがよいかもしれません(“書く”か“別添目録”か、楽な方を選べばよいのです)。
・捺印は実印を使用するのが無難
使用印の定めはありませんが、トラブル防止のため実印による押印が望ましいです。
また、遺言書が複数枚にわたる場合には、割印を行っておきましょう。
・作成した遺言書は封書等に封入し封印する
封印されていないことをもって直ちに無効となるわけではありませんが、改ざんの防止や、スムーズに検認の手続き(※)を終えるためには、封印しておくのが望ましいです。
封書には、これが遺言書であることがわかるようその旨を大きく表記するとともに、「開封せずに家庭裁判所に持ち込む」旨の注意書きを、はっきりと認識できるようにしておきましょう。
※ 自筆証書遺言は、家庭裁判所で検認の手続き(相続人に遺言書の存在とその内容を知らせ、その偽造や変造を防ぐための手続き)を受けなければなりません。検認を受ける前に開封すると遺言書として認められなくなる可能性もありますし、開封者に対し罰金(「5万円以下の過料」)が科されることもあります。(時折、金融機関などで開封してしまった例に遭遇しますが、これは絶対にダメです!)
なお、自筆証書遺言を自宅で保管していた場合、紛失や改ざんの恐れもありますし、そもそもその存在が知られないこともありますので、法務局での保管制度を利用することをお勧めします(手数料3,900円が必要)。
【自筆証書遺言の記載例】(出所:政府広報オンライン)
【自筆証書遺言の封書の記載例】
遺言作成時の留意点
遺言をするときには、遺留分に注意しなければなりません。
遺留分とは、配偶者や子供など特定の法定相続人に認められた「最低限の遺産を受け取る権利」です(相続人の構成により異なりますが、法定相続分の1/2が目安です)。
これは遺言よりも強いので、遺言内容が遺留分を侵害するものである場合、遺留分を侵害された相続人は、遺留分を取り戻すことが可能です(遺留分減殺請求と言います)。そうなると、相続人と遺言によって遺産をもらった人との間でトラブルになってしまいます。
遺留分を侵害された相続人が異議を唱えなければ、その遺言内容は有効になりますから、遺留分を侵害する遺言ができないわけではありませんが、遺言が相続トラブルの原因になることがないよう、遺言作成時には、遺留分に注意が必要です。
簡単にではありますが、遺言書を作成したほうが良い理由と、その作成要領をまとめさせていただきました。
相続トラブルの防止に向け、是非、検討してみてください。
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