静岡銀行と名古屋銀行が、包括業務提携を結んだと発表した。
「提携効果を高める観点」から、今後、資本提携(株式の相互取得)についても協議を行うとのことだ。
報道の中には、『経営統合』ではなかったことに物足りなさをにおわせるものや、将来的な統合の憶測など、どうしても統合に結び付けたいと思われるような記事も垣間見られる。
しかし、筆者は、両行にその考えはないと思っている。
両行トップが目指すのは「自行のビジネスモデルの確立」
両行トップは、異口同音に、低金利下では“ブローカー業務(金貸し業務)”を基本とする旧来型の銀行のビジネスモデルは成り立たないとの認識の下で、自行が単独で生き残るためのビジネスモデルの確立を基本的な考えとしている。
静銀・柴田頭取は、「統合・合併は、新たなビジネスモデルを実行する“形”の一つであり、各金融機関が最適な方法を選べばいい。ただその前に、自行のビジネスモデルをどうしたいか考える必要がある」と、“我が道を行く”姿勢を強調し、統合・合併については“それが必要だと考える銀行はそうすればいい”と、完全に他人事だ。少なくとも、自分から相手を探すような気配は微塵も感じられないが、これは昔から変わらぬ、静銀の基本姿勢だ。
一方、名古屋銀行・藤原頭取は、「今は顧客の経営改善を全力でサポートし、(銀行の与信費用を抑えるためにも)融資先の経営を少しでも良くすることを考えるべき時で、統合等、内向きの作業に時間を費やすべきではない」と、やはり
“生き残りを考えたいのなら、強くなれ”とのスタンスだ。斜に構えて捉えれば、時限的ととれる節もあるが、統合や持ち株会社化について、“それも一つの選択肢だが、身の丈に応じたやり方を考えればできることは多い”とも仰っており、『経営統合』を目前の課題と考えている様子はない。
両行とも、「統合ありき」でない、地域に根ざしたビジネスモデルの構築によって自立することを基本と考えていることから、悪い意味での時流に乗ることはないだろう。
静岡銀行の特徴から見た「業務提携」の狙い
静銀は、規模、収益力など一般的に比較対象となるあらゆる数字で地銀トップクラスに位置する地方銀行業界の看板銀行だ。
融資審査が厳格であることから、巷では「シブ銀」と揶揄されることも多いが、「しっかりした事業計画が描けていなければ貸せません」は、銀行として当然の姿勢でもある。もちろん、単に評論家面で対応しているのなら批判も免れないが、筆者の知る限りでは、お客様との綿密なコミュニケーションも、他行に勝るとも劣らぬ水準にあり、適切な厳しさだ。
この背景には、「お客様の事業を見極める眼力」に関する自信があるわけだが、静銀がこうした自信を持てる理由を一言で言えば、『リレーションシップ・バンキング』を徹底しているからだ。
もう四半世紀以上前から、お客様の課題に向き合い、これを解決するサービス業への転換(=脱・ブローキング業)を思考し、年単位の地道な取り組みを続け、その自信を得るに至ったわけだ。
例えば現在、静銀が行っているこれに関連する施策の一つに、お客様の事業に対する理解を深めることと、顧客目線で銀行を見ることによる気づきを得ることを目的とした地元企業への行員派遣がある。片道切符の「出向」ではなく、そこで習得・体感したことを銀行に持ち帰ることを前提としたもので、意味合いとしては「実務研修」と考えればわかり易い。
事業計画について、お客様と対等に話ができるだけの知識が、行内にあるわけだ。
こうした「行員教育」をもってお客様のニーズに幅広く対応できる組織を目指しているわけだが、そうはいってもお客様は千差万別、すべてを内製化・習得することは難しい。
そこで出てくるのが、外部との連携だ。
今般の業務提携も、こうした思考の中から生まれてきたものと考えるのが妥当だろう。
同業の銀行が相手だが、営業地域が異なるため、相乗効果と同時に、静銀にはない知識や情報を持っている可能性もある。
静銀は2020年に山梨中央銀行とも業務提携を行っており、山中銀の本店内での静銀の証券子会社の拠点開設や、静銀の海外拠点を山中銀の顧客に活用してもらう協定の締結なども行っているが、連携協議の中では、双方の顧客のニーズを結びつけるビジネスマッチングをはじめ、お客様の支援力向上につながる様々な連携アイデアが生まれているとのことだ。
こうした成功体験が、「二匹目のドジョウ」と言っては失礼だが、今回の業務提携を進める動きにつながったことは間違いなかろう。
名古屋銀行の特徴から見た「業務提携」の狙い
名古屋銀は、規模的には、静銀の1/3ほどには留まるが、愛知県内の地方銀行としては最大規模を誇る銀行だ(いずれも資金量基準、以下同様)。
愛知県では愛知銀行(県内2位)と中京銀行(同3位)が2024年に合併する予定であり、名古屋銀の劇的な動きに期待していた人も少なくないようだが、当の名古屋銀は、経営統合とは距離を置き、「取引先の支援力の強化」を前面に押し出した旗振りを行っている。
実際、製造現場の“カイゼン”を支援するサービスの推進に向け自動車関連メーカーのOBを採用するなど、口先だけはない本気の取り組みを行っており、新事業の立ち上げや販路の開拓など、資金面以外のお客様の経営課題の解決に取り組む土壌は育まれつつあるようだ。
静銀と比較すると、まだ計数的な成果が出ているとはいい難く、成功事例と言ってもよい静銀との業務提携は、ノウハウ等の活用はもちろん、同じ「地域に根差したビジネスモデルの構築」を目指す銀行として、先駆者から刺激を受けることができることも、大きなメリットとなろう。
ましてや、2024年には、愛知銀と中京銀の統合行に、規模では「愛知県内首位の地銀」の地位を明け渡すことになる名古屋銀としては、自行の成長戦略の根幹となるビジネスモデルの確立を急がなければならない。
こうした事情が、静銀との業務提携を後押しすることになったのだろう。
『経営統合』を目指さない連携
静銀にとっては、中京圏最大の市場規模を誇る名古屋は様々な意味でネタの宝庫であり、当地で自動車・機械関連の製造業という顧客特性に類似性が認められるお客様を数多く抱える名古屋銀は、自行のレベルアップに繋がる提携相手として魅力的だ。
一方の名古屋銀にとっても、愛知銀と中京銀の統合を目前に控え、自行の営業基盤を盤石なものとするためにも、お客様とのより深いかかわりを持つことが必要であり、この実践に向けて静銀の持つノウハウやネットワークを利用できることは心強い。
このように、トップラインの向上に必要な“手草”を増やす手段を模索していた両行の思惑が一致したことが、今般の業務提携につながったのであり、決して、規模の拡大やコストの削減など、地域金融機関としての競争力強化という点からは、本質とは言えない目的を持った提携ではない…と信じたい。
両行が発表した包括提携の柱は以下の5つだが、お客様目線での金融総合サービス力強化に向け、各々の経営資源やノウハウを共有することを目指した提携、という視点でこれらを見れば、両行が期待する提携の効果が、すんなりと腹に落ちる。
①自動車や機械を中心とする地場主要産業の取引先支援
②県境を越えたビジネスマッチング
③グループ会社機能の連携による新たなサービス提供
④各種システムの共同化
⑤相互派遣など人材面の連携
「統合ありき」ではなく、地域のお客様に対するサービスの質の向上を図り、持続可能な新しいビジネスモデルの構築を目指す両行の今後に大いに期待をしたい。
余談だが、一つ残念だったのは、記者会見が東京都内で実施されたことだ。
名古屋か静岡では「角が立つ」と考えたのかもしれないが、アナリスト(市場)に対してではなく、地元のお客様に向けて会見してほしかった…それだけが残念だ。
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